お正月は、年賀状が届き、普段会っていない人がどんな暮らしをしているか懐かしく思いをはせる季節でもあります。

その年賀状に「親友に裏切られた」息子を気に掛ける母の心を歌った短歌が添えられていたらどんな気分になるのでしょうか。

開成町長の府川裕一さんの母上の年賀状の話しです。実際に届けられていると風のたよりで聞きました。

直接受け取った方からの話ではありませんので詳細は不明ですが内容は間違いなく事実のようです。

息子を裏切った親友とは私を指していると思いますが、解任した前副町長も含めているのかもしれません。

年賀状に書き付けるほどですのでよほど憎いのでしょう。しかし、府川町長の母上の認識は間違ってます。

開成町長という職は、親友に裏切られたとか、そうでないとかの次元で与えられるものではありません。

開成町の果たすべき天から与えられた使命があり、そのリーダー役として町長職は存在するのです。

町長は、いわば町の使命を果たすという天との約束を実践するためのかじ取り役と言い直しても良いでしょう。

開成町の使命を果たすことができないリーダーは、当然のことながらその職から追われることになります。

その座に留まろうとするのであれば誰から見られても相応しい職務を推進しているかどうかが問題です。

親友の裏切り云々は、全く持って見当はずれです。天との約束を守っているかどうかに目を向けなければなりません。

府川町長は勉強もせず、全てを周囲に依存し、外には出ない。これは、天との約束を裏切っているとしか思えないのです。

私に言わせれば裏切り者は府川町長です。あるべき開成町長の姿とほど遠い実情に天に代わって限界と指摘しているのです。

もしそうでないというのであれば自らの発想でまちづくりの構想を堂々と掲げ信を問う姿勢を鮮明にすべきです。

府川町長の母上はこうした現状をどう思っているのでしょうか。息子さんの仕事ぶりは、あるべき姿だと思われますか。

もし現状で何が悪いと考えているのであれば、それは町長の座を生活の糧としか見ていられないからなのではないでしょうか。

立派な仕事をしてその結果として報酬があるのであって報酬を得るために町長という仕事があるのではありません。

前回町長選挙で息子さんが再選を果たした後、お祝いに駆けつけたある支援者にお母さんは驚くべきひとことを発せられました。

「稼がなくちゃ」と言われたという確かな話を聞きました。ここに町長という職をどう見ているかの本音があると思います。

次元の低い見方で躍進し広域的な役割を果たすべき町、開成町のトップの姿を見てはなりません。

天との約束を果たすため自らを律しお手本となる立派な仕事をすることです。その結果が報酬です。

「稼がなくちゃ」という発想ではその職を守るためには何でもありとなってしまうことはいうまでもありません。

お母さんの町長職への見方が息子さんの町長としての立ち振る舞いに影響を及ぼしているようにみえてなりません。