選挙運動にはそれぞれ特色が出ます。私は、組織戦は展開不能です。無所属で草の根で行くしかありませんでした。

私なりの個性を発揮したいと思いました。しゃべるのが商売の放送記者でしたので演説に賭けてみました。

ジャーナリストとしてテレビの前に立った時は、要点を端的にはなさないとなりません。早口になります。

政治の演説はそれでは伝わりません。真心こめて情熱を持って語りかけるスタイルでないと心に響きません。

私にとってはこの鍛錬は難しかったです。放送記者時代のくせがなかなか抜けなくて早口になりがちです。

1995年12月、開成町福祉会館で初めて決起集会を開くことができた時大失敗をしてしまいました。

同級生と地元自治会を中心とする開成町の選対がようやくできてお披露目の会でした。ぎっしり超満員でした。

私は興奮してしまったのだと思います。思いのたけをべらべら早口でしゃべりまくってしまいました。

後で選挙に精通したベテランの女性の方から「紙がめらめらと燃えるような話し方で、聞いてられない。」と叱責されました。

せっかく会場に入りくれないぐらいの大勢の参加者があったのに私の主張を理解してもらう絶好のチャンスを逸しました。

同級生や町の人による「つゆき順一物語」という演劇が上演されて大いに盛り上がったことで何とか救われました。

しかし肝心かなめの私がどういった思いで河野洋平さんという超大物に挑戦するのかが伝わりませんでした。

反省しました。私はしゃべりの専門家であるとのおごりがあったのです。心を入れ替えました。

間をとること。情熱込めてゆっくりしゃべること。語りかけることができればさらに伝わること。胸に刻み直しました。

私は演説は辻説法で鍛えました。たったひとりでもスーパーや駅前に立って大観衆の前で話すかのように語ってました。

いつしか私の選挙運動と言えば辻説法みたいなイメージが定着してきました。継続が大切です。

演説は習うより慣れろです。恥ずかしさを取り払うには数をこなさなければなりません。

人が聞いていようがいまいが心を込めて情熱的に語りかける鍛錬だと思ってやり続けました。

こうした地道な取り組みの積み重ねで選挙運動も勢いが徐々に出てきました。みんなとともに前進する流れです。

の雰囲気を表現するスローガンができました。「時代を創ろう。」です。「創る」というところに意味があります。

新しい流れを生み出すイメージを前面に掲げました。ポスターも支援者の中から飛び出すユニークなものが出来ました。

具体性に乏しいスローガンと言えばスローガンですが私は自分の心情にぴったりのこの言葉が大好きでした。

大きく言えば地球環境も、もうけ一辺倒の経済社会も、自分さえ良ければ良いという暮らし方も限界に来てます。

この現状をいちからやり直す世直しが大切だという熱い思いがありました。世直しの原動力は政治しかあり得ません。

だからこそ会社を辞めて挑戦したいと思いを決めました。「時代を創ろう。」ほど相応しいスローガンはありません。