3期目を目指す現職に挑む新人は、厳しい戦いを強いられます。3期、12年までは許されるみたいな暗黙の了解があります。

開成町長選挙はまさにその極めて難しい選挙です。ここで新人の山神裕さんが勝てば一気にカリスマ性を持つことになります。

3期目の現職は強いという常識を打ち破って町長の座に就くわけですので当然のことです。

ただ者ではないという物語が生まれます。その後の町政運営に間違いなくプラスに作用します。

ただ勝つのは容易ではありません。現職は、年度末から年度初め毎日が選挙運動みたいな日々です。

式典、総会、目白押しです。これに加えて今の開成町の勢いが、現職をより有利な状況に押し上げます。

人口が増え急行電車も止まるし、新しい役場庁舎も建つ。今のままで良いのではと住民は思いがちだからです。

新人候補は、袋小路のような環境の中で活路を見い出すのですから通常の3期目の現職への挑戦よりはるかにいばらの道です。

山神裕さんは、年が明けてから再びミニ集会を再開しました。地道な手法で難局を乗り切ろうとしているのです。

節分の日の3日、ミニ集会に参加しました。小田急線形成駅近くのマンション4棟の自治会向けのミニ集会でした。

会場の会議室は、満席でした。50人以上参加していたと思います。関係者は後ろで立ってました。

山神さんの決意を聞くのは2か月ぶりでした。この間に大きく脱皮しようともがいているようすがありありでした。

いきなり歌を歌い出しました。「開成のその名こそこころのふるさと」と大声を張り上げていました。

地元の方なら誰でも知っている開成小学校の校歌でした。「ふるさと」のために尽くしたいという思いを込めたのでした。

真面目で、派手なパフォーマンスとは一切無縁な山神さんにとって、歌で始めるのはためらいがあったと思います。

そうした気持ちを振り払って一心不乱に歌っている姿は、どうしても勝たなくてはという気持ちがにじみ出ていました。

山神さんの本気度の次元が変わったと思いました。政策の説明も解説ではなく思いが乗ってくるようになりました。

これなら有権者の心をつかめると思いました。もう一息のところまで来ていると思いました。

私も応援のあいさつをしました。山神さんのお父さんの話をしました。町長在職わずか2年10か月の無念を語りました。

山神元町長は、小田急線開成駅が開業した1985年の直後の1987年2月に町長に就任しました。

駅周辺の開発は、山神元町長の使命だったのです。ところが急死してしまいその使命は後人に託されました。

大半の基盤整備は終わりましたがたった一つ駅からまっすぐ西側に延びる計画の街路がまだできていません。

町の予算1年分近くの財源が必要で土地交渉も難しいです。しかし、どうしてもやり遂げなければなりません。

最後に山神さんは断言しました。「露木順一さんができなかった仕事を私がやります!!!」

断固たる表情を見て山神元町長が乗り移ったかと思いました。現職の背中に手が届くところまで来たと確信しました。