行政とは縁のなかった新米首長が最初に直面する難しい仕事は、人事です。就任したらすぐに決断が迫られます。

私も1998年2月に町長に就いてほどなく助役から自らの出処進退について判断を求められました。

前町長より指名を受けたので新町長の指示があればいつでも辞める覚悟はできてますと潔く申し出がありました。

即座にまだ任期があるのでそのままとどまって欲しいと返事をしました。任期終了後のことは改めてということにしました。

私は、外部から助役を採用することはできないかと漠然と考えてました。民間からの登用です。

新たな試みをしたいという願望は、人事の分野にも及びました。その象徴が助役人事でした。

人材のめぼしは付けていました。町長選挙を通じてその能力の高さを知った元大手民間会社の総務部長経験者でした。

助役の任期が切れる6月まで根回しをして一気に就任へと進めようとしましたが議会がうんと言いそうにありませんでした。

田舎の町にとっては民間人登用はちょっとした事件です。予定者は、開成町内の方でしたがダメでした。

ここで私がとった戦術は、議会との対立を避けて待つことでした。1年は空席で行こうとしました。

1年後は町議会議員選挙を控えていて議員の心理状況にも変化があるに違いないと思いました。

その間に実績を積んで議員が反対しずらい環境を作ってしまえば私の意図が通せると読んだのでした。

その他の職員人事は若手の抜擢を進めるとともにタテ割りを乗り越えて仕事を進める体制づくりをしました。

これはという課題、たとえば自転車の町づくりは、プロジェクトチームをつくり対応にあたってもらいました。

新しい仕事を進めようとしてもこれまでの仕事の進め方にどっぷりとつかっている職員では無理があります。

私の読みは的中しました。1年待って円満に新助役を迎え入れることができました。民間手法で改革推進と思いました。

ところがなかなかうまく機能しないことが1年ほど経ってわかりました。民間企業と役所との体質の違いからです。

民間企業は、利潤を上げるために最大限の効率化を図るという目標を全員が共有しています。

そして社長の指示がトップダウンの形で貫徹します。もうからなければだめですので話は単純です。

ところが行政は、利潤を上げるのではなく自ずと入ってくる税金でサービスを展開するのが仕事です。

しかも、もうけにならない仕事であっても住民福祉の向上のためにはお金と労力を使います。

職員もそれが習い性となってますので上からの命令だけではなかなかスムーズに動きません。

新助役を苦しめた要因です。私の方は民間出身者らしくスピード感を持って当たれと叱咤しますので悩んだと思います。

結果的には民間出身の助役は1期で退任してもらうことになってしまいました。私の未熟さが原因です。

民間企業出身といういわば名前に飛びついてしまい行政特有の職場の風土を知らないまま人事をしてしまったことになります。

片腕は行政内部に精通した人材を当てて特別の限定した任務について民間の出身者を充てるのが適当だと学びました。