3月3日のひな祭りの日、明治以降、日本の報徳運動の中心地、静岡県掛川市の大日本報徳社を訪問しました。

第1721回の掛川報徳会の例会の講師に招かれました。大変に光栄なことだと身が引き締まりました。

毎月、例会が開かれています。単純に割り算すると144年目です。明治初期からの伝統ある催しであることがわかります。

昨年10月、国際二宮尊徳思想学会が中国山東省曲阜市(きょくふし)の曲阜師範大学で開催されました。

その際に大日本報徳社の鷲山泰彦社長とご一緒し二宮尊徳の報徳思想についていろいろと懇談ができました。

翌月の11月には鷲山社長が「あしがら平野一円塾」のキウイ収穫体験に参加され更に懇親を深めました。

こうしたご縁から今月の例会の講師に招待されました。今回の例会は、特別の例会でした。

掛川市長を7期務められた榛村純一前社長のちょうど1周忌にあたる例会であるからです。

榛村順一さんの名前は、まちづくりに関心がある人ならだれでも知っている有名な市長でした。

木造の天守閣のあるお城を再建したり、新幹線掛川駅を誘致したり、その業績は半端ではありません。

市民に寄付を募り10億、30億と財源を集めてしまい、事業を断行するのは驚異的な実践力です。

二宮尊徳の考え方の中核に「推譲(すいじょう)」があります。現代風にいえば寄付といえばよいと思います。

榛村元市長は、その教えを大胆に活用し実行したのです。現代の二宮尊徳といって過言ではありません。

榛村元市長は、昨年の3月の例会で講話をした後、数日後に倒れ、この世を去りました。83歳でした。

講話では、榛村元市長のように実践することが教えの根幹であると繰り返し述べました。口だけでは意味がないのです。

具体の提案もしました。二宮尊徳の教えを応用して茶業の改革に取り組んだらどうかと述べました。

榛村元市長は、最晩年に静岡の代表的特産品のお茶が消費量が減り不振に陥っていることを危惧していました。

大茶会を開いたりして消費の拡大をする提案をしたり、「コーヒー飲んで日本が守れるか」と過激な問題提起もしました。

明治維新のあと武士のいわば再就職として事業化したのが牧の原台地での茶畑の開墾と茶の生産でした。

静岡を代表する茶の生産地になっています。苦難を乗り越えて特産品となった伝統を消してはならないと懸命でした。

二宮尊徳は、財源を用意して長期計画を立てて漸進的に着実に実績を積み上げるのを得意としました。

資金の不足は、金利ゼロで融資する制度も編み出しました。この考え方をベースに茶業の再生に取り組んで欲しいです。

二宮尊徳の教えは道徳と経済は一体です。経済のない道徳はたわごと。道徳のない経済は犯罪との考えでした。

現代日本の二宮尊徳理解は、道徳にこだわり過ぎています。経済に力点を置き事業を起こすべきだと思います。

近代報徳運動のメッカ、掛川を拠点に茶業の再生をテーマに現代版報徳仕法を展開されることを強く要請しました。