いささか時代かかった物言いになりますが、戦いには大義がいります。何のために争うのかが明快である必要があります。

府川裕一開成町長は、9日の決起集会で、町長選挙を戦う原動力は何かを示す発言したということです。

「新庁舎建設に7年かかった。私を新しい庁舎に座らせてほしい」という趣旨の呼びかけをしたと聞きました。

府川陣営は、町内各家庭を回る時にも、この種の発言をしていると伝わってきます。

「今回の選挙が最後ですからお願いします」と同情を誘う選挙戦術をとる事例がよくあります。

「自分が建てたのだから新しい庁舎に入らせて欲しい」という戦術は、こうした同情を誘う戦術に似てます。

果たして、これは大義なのでしょうか。それとも私利私欲の延長線上にあるのでしょうか。

私は、明らかに後者だと思います。役場庁舎は、町長の個人住宅ではありません。公の財産です。

しかも30数億円のうち20億円の借金をして建設します。後々の世代にも負担をかけています。

またっこうした多額の借金ができるのは、街の開発事業が成功し安定した固定資産税が見込めるからです。

府川町長は、街を取り巻く環境が順調なため庁舎を建設することができる時期に遭遇したに過ぎません。

こうした事情を謙虚に受け止めれば、自分が建てたと受け止められるような発言はとてもできないはずです。

府川町長には勘違いというかおごりがあると私には思えてなりません。新庁舎の主になりたいというのは私欲です。

一方、新人の山神裕さんは、町に勢いがある今こそ将来を見て行動するために出馬すると大義を語ってます。

この考え方の背景には、少子高齢化・人口減少の荒波が地域に押し寄せていることは明らかだという危機意識があります。

たまたま開成町は過去の都市計画の成功により人口が増えているに過ぎないという状況判断があります。

今が良いなどと浮かれているのはもってのほかで、逆に今こそ将来に向かって先手を打たなければならないと主張してます。

英語教育を始め教育に力を注ぐことで町の個性を一段と際立たせることをまず最初に挙げてます。

民間資本を活用して多世代が交流できるスポーツと学習施設の建設を進めると約束してます。

町の中・長期的な発展を考えて駅前の道路整備や近隣市町との連携による企業や病院誘致も語ってます。

山神さんの姿勢には、私利私欲が感じ取れません。あくまでも町のために働かせて欲しいという奉仕の姿勢です。

府川町長と山神さんのどちらに大義があるかは言わずもがなではないでしょうか。

大義は、中国の儒教の伝統からきた言葉です。儒教の根底の思想には、「天」という存在があります。

自らを厳しき律してこそ天下を治めることができるという考え方です。私利私欲を排する考えかたです。

天からみてどちらが正当性があるかは、私利私欲から発せられた否かで決まります。

かたや私利私欲があからさまに語られ、かたや、奉仕です。天は、山神さんに大義ありと断じているはずです。