私の平成史㉙~古民家再生2~

(小田急HPより)

昨日、古民家の再生は、創新、イノベーションで、それは活用することによって実現すると書きました。

それでは、誰に活用してもらうかです。町の子供たち、大人、町外からの観光客、色々とあるでしょう。

私が特に活用して欲しいと願ったのは瀬戸屋敷周辺に住んでいる皆さん、特に農家の方々でした。

瀬戸家は、開成町だけでなく小田原藩の中でも最上層に位置する農家で地域のとりまとめ役でした。

名主といわれました。藩に収める年貢は瀬戸屋敷の蔵に集められました。藩の出先としての役割もありました。

藩主が瀬戸屋敷を訪れる時は、通常のでは入り口ではなく、庭の正面にある特別の玄関から出入りしました。

土蔵は、千俵蔵と別名がつけられてました。農民の汗の結晶が年貢となり蔵に積まれたわけです。

明治時代以降になって小作人制度がさらに進み農村における貧富の格差は拡大しました。

そうした時代背景の中で瀬戸家は地域の頂点に位置する農家でした。敷居の高い存在でした。

しかも当主は、開成町ができる前の旧酒田村の村長を長く務め、1955年2月に開成町が誕生した時は初代町長でした。

仰ぎ見る存在であったと言って良いと思います。その建物を再生することの意義を考えなければなりません。

敷居を低くすることに大きな意味があります。自由に活用できる存在に生まれ変わるのです。

私が瀬戸屋敷の活用にこだわった最大の理由はここにあります。全く新しい建物として考えたのです。

民主主義社会に相応しい建物として活用を図ることが大切なのです。威厳や権威を再生産してはいけないのです。

威厳や権威を逆に壊して、普通の人たちが新しい価値を見つけ発信する場として瀬戸屋敷はあるのです。

この原点をしっかりと見据えて活用を図ることが大切です。視点を間違えるととんでもない方向に行ってしまいます。

瀬戸屋敷は、由緒ある建物で伝統もあるということばかりを強調してしまうのは、誤りです。

それはあくまでの過去の価値観であって、再生を果たした瀬戸屋敷は、全く異なる価値観を持つ必要があります。

初代館長の川澄暹(のぼる)さんが絶妙としか言いようのない表現をしました。「みんなの我が家」です。

この一言に、新時代の瀬戸屋敷のあるべき姿が込められています。権威や威厳とは無縁の存在です。

瀬戸屋敷にひとたび足を踏み入れるとゆったりとした空気が流れます。異次元空間に入ったかのようです。

そうした感覚を多くの方々に味わってもらいたいです。ほっとする空間で様々なことに取り組んで欲しいです。

ジャンルを問うことはしてはいけないと思います。自由が原則です。「みんなの我が家」なのですから。

「みんな」の範囲は、時代に合わせてどんどん広げる必要があります。制限は要りません。

当然、外国人の方もです。外国人の皆さんに、極上のひと時を過ごしてもらえるように取り組むべきです。

単なる物見遊山ではなく地域の皆さんと触れ合うという本物の国際観光の場となるはずです。