包装紙を開ける時にドキドキしました。足掛け2年、ついに『新編富士山と酒匂川』が出来上がりました。

前作の足柄歴史新聞『富士山と酒匂川』と同様、小田原の印刷会社の文化堂印刷にお願いしました。

多大なるご協力をいただきました。製本までの調整が不可避で何度も打ち合わせをしました。

当初21日納品の予定でしたが少し遅れて25日、午前9時に1000冊届きました。

重いです。総重量は500キロということです。足柄の歴史再発見クラブの小林秀樹会長と包みを開けました。

感激しました。102頁、表紙は、富士山と酒匂川の写真の数々、題字は、会員で書道家の堤千恵子さんです。

表紙を開けると酒匂川流域を描いた絵画が飛び出してきます。会員の佐久間俊治さんの作品です。

富士山の成り立ちから始まって、富士山の噴火とその後の洪水との戦い、絵と写真、図表をふんだんに使っています。

そして新編の最大の特徴、近現代の酒匂川流域の災害の歴史が丁寧に書き込まれています。

実際に災害を体験された皆さんにインタビューをして記録に残していることが特筆されます。

2010年9月8日の酒匂川流域の洪水についても小山町役場の協力を得て詳述しました。

開成町の対応については町広報をそのまま掲載して臨場感を出しました。ちょうど町長でしたので記憶がよみがえります。

水源の森を守る取り組みについても紹介しています。会員で県職員の久保典子さんが詳細に調査しました。

富士山の噴火後、川崎宿の元名主だった田中丘隅による治水工事の終了後1727年に大口の祭礼が始まりました。

田中丘隅は江戸幕府の8代将軍徳川吉宗からの援助を受けて祠と石碑を建立し、祭りを行うよう村人に指示を出しました。

災害の記憶を残すのと土手を踏みかためることを意図したものです。この祭りは現代まで続いています。

足柄の歴史再発見クラブきっての古文書の読み手である藤平初枝さんが大口の祭りを執筆しました。

田中丘隅は、中国古代の伝説の皇帝で治水の神とされる禹王を治水工事の後祀りました。

禹王が興した王朝の名前は「夏(か)」で、既に暦があり、禹王は、暦を見て農作物の植え時を指示したと考えられます。

暦や占いの専門家赤川緋沙子が書きました。赤川さんもクラブの会員で株価と占いの関係を調べている方です。

29日の出版記念会では、久保さん、赤川さん、藤平さんによるトークショーがあります。

早速、開成町内に本社があるパナック工業から早速150冊の注文がありました。

富士山の噴火は、いつ起こるかわからないので従業員の研修用として購入していただきました。

このほかに既に100冊程度の予約があります。29日の刊行記念会に参加予定の120人近くに方にも配布します。

3分の1がさばけます。出前授業や地域での防災講演会を積み重ねて行きながら販売したいです。

メールでの注文が便利です。ご希望の方はarcshinpen1906@gmail.comにご予約下さい。1冊1500円です。