7月31日付の神奈川新聞の社説を見て驚きました。書き出しが、「足柄の歴史再発見クラブ」だったからです。

クラブが、『新編富士山と酒匂川』を新たに刊行したことから書き始め酒匂川水系の治水について論じてました。

酒匂川の暴れ川としての歴史、特に1707年の宝永噴火について触れ先人たちの苦難について語ってます。

堤防工事がひとまず完了した後、祭りをするようになったのは土手を踏み固める知恵であったと述べてます。

下流域では「かすみ堤」といって堤防を切って増水時には遊水地として活用する治水の工夫について記述してます。

社説の後半部分は、現代の治水と酒匂川を取り上げ、酒匂川水系独特の治水の難しさを指摘してます。

源流が静岡県側にもあるために「神奈川県民にとって”油断”があるのかもしれない」と注意喚起してます。

私にとっては、耳の痛いところです。2010年9月8日の集中豪雨の時はまさに油断がありました。

静岡県小山町で時間雨量100ミリを超える豪雨が降り注いでいたことを開成町長だった私は気づきませんでした。

一気に水かさが増して河川敷のスポーツ公園は完全に濁流に洗われて、水が引いた後は、土砂が積み重なってました。

社説では、2006年8月に発生した釣り客ら25人が増水された川に取り残され2人が死亡した事故を取り上げてました。

この時も上流部で集中豪雨が発生したとの情報が伝わらずに死亡事故につながりました。

社説では、関係する自治体間の情報共有の動きについて触れた後、財源問題について言及してます。

ふたつの県にまたがり急流河川である酒匂川水系の治水を考える場合、本格対応をとるにはお金がかかります。

水防のためにも国が管理する河川とする1級河川にすることも考えてはどうかと提案しています。

足柄の歴史再発見クラブによる『新編富士山と酒匂川』の刊行の話しが、国管理の治水の話しへと展開しました。

『新編』の中で近年に発生した集中豪雨についても頁を割いたことが記者の関心を呼んだのだと推測します。

歴史は過去のできごとと眺めていては飾り物を解説するのと同じで意義は半減してしまいます。

現代への教訓をどう汲み取り、それをどう活かすのかを考え、実際に応用することが大切です。

『新編』において現代の治水について触れたのは、今何をなすべきかを問題提起する大切さを訴える意味があります。

社説を書いた記者は、「一級河川化の検討」というアイデアへとつなげ問題提起しました。

内閣府で富士山噴火による降灰の影響の検討が始まっている今こそ様々な立場から多くの問題提起が待たれます。

300年前の大災害から何を学び取り、被害を少しでも小さくするための方策を考え出さなくてはなりません。

道路交通、電力などのインフラ、建物被害、健康まで広範な検討が必要で放り出したくなるような誘惑にかられます。

しかし、被害を小さくする手は、あります。足柄の歴史再発見クラブも歴史を学びながら提起していきます。