台風15号が接近中の8日午後2時より小田原市の報徳博物館で第560回報徳ゼミナールがありました。

テーマは、富士山の宝永噴火の火山砂の処理についてでした。関心を持っている分野でしたので出かけました。

講師は、神奈川県立小田原養護学校教諭の津田守一さんでした。報徳ゼミナールでは常連の方です。

10数人の小さな集まりでしたが講演とその後のやり取りを含め2時間ほど有意義な時間を過ごしました。

結論は、1707年の富士山宝永噴火は今なお収束しておらず警戒が必要だということでした。

津田さんは、噴火によって降り積もった火山砂をどのようにして処理したかを地域ごとに紹介しました。

最近、山北町岸の寺院近くの竹やぶを整地して擁壁を造る工事をした際に天地返しの遺構が見つかりました。

天地返しとは、富士山の噴火の火山砂を土を掘り下げて埋めてその上に土をかぶせるものです。

天と地がひっくり返るということで天地返しといわれます。うなえかえしという呼び方もあります。

山北町では中世の山城跡の河村城址の発掘調査の際にも天地返しの跡が見つかっています。

山北町辺りは60センチの降砂と記録されています。人力で土をひっくり返して耕作できるようにした訳です。

砂の捨て場を用意することなく同じ場所で元通りにする有効な方法だとはいえ手間がかかります。

当時の農民の忍耐力と努力は計り知れません。現代ならばユンボで効率的に進められると思います。

火山砂の積もり方が少ないところでは簡便な復旧策がとられていたということです。

小田原市の曽我山の丘陵地帯より東に位置する小舟村では火山砂と土とを混ぜ合わせて耕作地に戻しました。

これは、「うないくるみ」というやり方です。また、「土くるみ嶋畑」というやり方もありました。

こちらは砂除け場を設けて砂を集めて土と混ぜて耕作できるようにする手法で現在の平塚市で記録が残っています。

いずれにせよ火山砂を混ぜれば水はけがよすぎてしまい耕作地としての質の低下は免れません。

嶋畑は、荒れ地とされて年貢は免除されたとのことでわずかであっても生産できればという選択だったと思われます。

意見交換の場で私は、2010年9月の台風9号による集中豪雨で大量の噴火砂が酒匂川に流れ込んだことを話しました。

足柄上地域からの参加者はひとりしかいませんでした。他の地域の方は、この事実を知っていませんでした。

いまでも神奈川県西部と静岡県東部の山林の下には大量の富士山の噴火砂が眠っているという事実に驚いてました。

毎年のように集中豪雨は発生しておりいつ何時2010年9月のような事態になるかわからないと伝えました。

ちょうど台風15号が接近している時でもありましたので参加者の皆さんの関心を引いたようでした。

火山の噴火以上に豪雨による噴火砂の被害を考える必要があるということは皆さん認識していただきました。

最後に講演者の津田さんが「富士山の宝永噴火はいまだ収まっていない。」と結論付けました。