私の平成史㊷~教育のまちづくり3脱学校~

1998年2月に開成町長に就任してから一貫した教育についての私の姿勢は「脱学校」でした。

大学時代の卒論のテーマが町長になって蘇りました。ブログでも折に触れてこのことは伝えました。

大学時代、たいして勉強をしなかった私がなぜか卒論だけは、ねじり鉢巻きで取り組みました。

イバン・イリイチという急進的で異端の思想家が書いた『脱学校の社会』にはまってしまったのです。

イリイチは、1926年にオーストリアに生まれた思想家でメキシコなどを拠点に活躍し2002年に死去しました。

学校での教育は古い価値観を子供たちの押し付ける場であって権威の象徴のひとつととらえていました。

学校ではなく子供も大人も自由に社会の現場で教育を受けられるようになるよう目指すべきだと主張しました。

今風にいえば自由な生涯学習社会という考え方を徹底したのがイリイチの考え方と言って良いでしょう。

大学生の時は、常識はずれの鋭く極端な発想にわくわくし何度も著作を読み返しました。

しかし、学校は要らないとも受け止められる主張はあまりに急進的で現実の場にそっくりそのまま応用はできません。

考え方の一部を取り入れることは可能ですし、その挑戦は意味あることだと考えました。

その結果、思いついた考え方が、「町全体が学校」です。町のあらゆる場所を学校に見立てようというものです。

子供たちは学校から飛び出して外で体験学習を行い、地域の大人たちがそれを応援するまちづくりです。

こうした考え方に基づいて進めた典型的な取り組みが古民家の再生と教育との連携でした。

300年の伝統を誇る古民家再生は21世紀に入り5年間かけて1800坪の敷地と建物を整備しました。

建て直す前の古い母屋や崩れかけていた土蔵の見学から完成に至るまで様々な局面で子供たちの協力を得ました。

かやぶき屋根のかやを拭き直す作業、土蔵のしっくいの壁を練る取り組みなどなどです。

実際に体験しながら町の歴史を学ぶことは、子供たちの感性を刺激し町の歴史への理解が深まったと思います。

町全体が学校という考え方は、全てのまちづくりの取り組みに教育という観点からの光を当てることです。

たまたま私の町長時代はかやぶき屋根の古民家の再生というまたとない機会に恵まれ教育との連携が取れました。

既存の施設も教育施設にいつでも変身可能です。私の町長時代、子ども議会という体験学習の場を始めました。

議会の協力を得て小学6年生全員が各クラスごとに議場に入り代表者が質問し町長が答えました。

飛び切りわかり易く、現在進行形の課題に答えました。子供たちの提案が実ったものもあります。

建替える前の瀬戸屋敷でお化け屋敷をやりたいと子供たちから提案がありました。やろうと即答しました。

翌年の夏実際にうっそうとした林に囲まれた瀬戸屋敷でお化け屋敷が子供たちと先生方の手で行われました。

関わった皆さんにとって今なお鮮烈な思い出になっているのではないでしょうか。脱学校教育の成果だと思います。