昨日のブログで紹介した「脱学校」という考え方は子供たちが地域へと出て行くことだけを意味してません。

地域の皆さんが学校に出かけて様々な交流事業を行うことも同時進行で行うことも大切です。

双方向の交流によって学校と地域が一体となって町全体が学校という理想を実現するエネルギーとなります。

学校と地域がバラバラではなく一緒に協力し合う機運が強くすることができてこそ教育の町です。

開成南小学校の建設に際しては最初から地域との連携を考えて欲しいと教育委員会に要請しました。

その方向で建設されました。当時の教育長は文部科学省から招請した方でした。ノンキャリアの優秀な方でした。

私は、新小学校建設をめぐっての混乱を収束させ学校建設を着実に推進させるためには国の力が必要と考えました。

文部科学省に出向き審議官だった前川喜平さんに開成町の実情を訴え人材の派遣をお願いしました。

中央省庁は幹部に昇進するキャリア組とその下で実務を担うノンキャリア組とに分かれています。

私は地方の小さな町なのでノンキャリアで実務に精通した方をとお願いしました。すぐに対応してくれました。

前川さんとは後に事務次官となり安倍政権と対峙することになるあの方です。柔和なサムライという印象でした。

実は、私が低学年高学年分離方式を提唱したために巻き起こした混乱には続きがありました。

私は、新しい学校を建設するにはインパクトのある新しい要素が不可欠との考え方に凝り固まっていました。

建設方式として民間企業との連携を取り入れたPFI方式という手法の採用を決めて企業を募集しました。

応募企業ゼロでした。急きょ通常の入札方式に改めてやり直すドタバタ劇があったのです。

この原因は、私の新しいことを行って開成町の名前を発信しようという執念がもたらしたものです。

文部科学省から来た新教育長は国会でもまれていてこの程度の混乱の処理はお手の物でした。

驚いたのは、ほとんど面識もないのに町議全員を一気に回って説得にかかったことです。

私は全く指示をしてませんでした。回った結果について報告がありました。迅速な対応に驚きました。

新教育長がただちに、取りまとめたのが「開成町人づくり憲章」でした。開成町の教育の根本精神が示されました。

「開物成務(かいぶつせいむ)」でした。外からきた教育長に町の原点を忘れるなと指摘されたようなものです。

町の名前は中国儒教の古典『易経』にある「開物成務」という熟語から取ったのでした。

「開物成務」とは、知識を開いて世のための務めを為すという意味に使われ教育を象徴します。

町の名前からして教育の町なのです。町民全体がこの精神を忘れることなく人づくりをする責務があります。

新小学校の建設をめぐる私の前のめりの姿勢がもたらしてしまった混乱は逆に新たな人材登用の機会となりました。

素晴らしい人材を得ることができ新小学校建設は進みました。天の助けがあったとしか言いようがありません。