一般的に平時では、その人の本当の力量を推し量ることはできません。化けることが可能だからです。

化けるという言葉が言い過ぎならば、立ち振る舞いを通じて演じると言ったほうが良いかもしれません。

ただし、演じるためには、台本がいります。台本を自ら描き自ら演じることができる人は極めて少数です。

どなたかに台本を書いてもらい、その線に沿って演じ切るというのが大半のケースだと思います。

演劇の世界の話をしているのではありません。私が経験した首長の世界の話をしています。

私は明確に自分で台本を書く方でした。その台本に沿って信頼できる名優を配置しまちづくりを進めました。

台本を書くに当たっていちばん気にかかったのは自分の知識が不十分な分野の書き方です。

それは万が一の大規模災害です。想定外の事態の連続ですので専門家の意見を聞きながら対応するしかありません。

小さな町にとって頼りになるのは県の存在です。いきなり国というのでは距離感があり過ぎます。

千葉県で小さな市町村が頼りにしていた県の対応が際立っておろそかであったことが明るみに出ました。

森田健作知事は、台風15号が通過中に一度も登庁していないというのです。信じれますか。

一気に化けの皮がはがれたと言って良いです。最終責任者がいなくて緊急事態に対応できるはずはありません。

森田知事は、千葉県のまちづくりを進めるにあたり台本づくりはお役人に任せっきりだったのでしょう。

俳優ですので演じるのは天下一品です。親しみやすくてかつての青春スターのように明るくて。

お役人は台本作りはそつなくこなします。しかし、致命的な欠陥を持っていることを忘れてはなりません。

想定外に弱いのです。なぜならば責任をとることが極めて苦手なのです。自分を守りたくなるのです。

今回の台風15号のように台本に合わない緊急事態が発生するとたんにパニックに陥りがちです。

台風15号の猛烈な風で次々と停電が発生した時は、何が何だかわからない状況になったと想像します。

こういった時が最終決定者である知事の出番です。限られた情報の中で優先度をつけるのは知事です。

お役人に任せてはビビります。判断をするための材料の収集や整理は得意技です。決定はできません。

千葉市のような大都市を除き小さな市町村はスタッフも足らず、てんてこ舞いだったはずです。

夜が明けて被害が甚大だと見込まれる地域への県職員の派遣は当然のことだと思いますが決断できませんでした。

森田知事は、全てをお役人に任せ軽やかに演じることに慣れ切って過ごしてきたつけが全て出ました。

いざという時に機能しないのは知事として相応しくありません。一気に賞味期限切れになってしまいました。

一方、森田知事を選んだのは千葉県民であることもまぎれもない事実です。県民の責任は。免れません。

また、森田知事を推した自民党をはじめ政党の責任も当然あります。いずれにせよ最後つけを払うのは県民です。