時間雨量100ミリ時代への対応2

昨日は、ラグビーワールドカップの一日でした。朝8時からNHKスペシャルでラグビーを取り上げてました。

南アフリカには敗れて準決勝進出はなりませんでしたが、その奮闘ぶりは大絶賛の嵐だと思います。

日本代表がなぜここまで強くなったのかをカメラが追いかける500日の密着ドキュメントでした。

選手たちが自覚を高め自分たちで考えることができるようになったことが大きな要因だとの分析でした。

厳密なルールがあってその指示された通りに動くだけでは強さは身に着かないということです。

このことは、スポーツに限らず、人が集団で関わるありとあらゆる分野に通用する考え方だと思いました。

9時からは日曜討論でした。台風19号への対応について識者がずらりと出そろい議論してました。

避難所=体育館で寝泊まりという時代は、終わりを告げていると強く感じました。発想の転換が不可避です。

プライバシーが保たれて家族単位で行動できるような配慮は、前提条件になってきています。

国や県の指示を待つのではなく各地域の行政と住民とで話し合いながら独自の工夫を凝らず必要があると思いました。

私は、このブログで災害時の避難勧告や避難指示のあり方に疑問を投げかけてきました。

受け入れ準備がないのに避難勧告や指示を出したことだけが報道されて非常な危険性を感じてました。

台風19号でその懸念が現実になりました。避難勧告しても受け入れる避難所の準備がないことが明るみになりました。

この報道を目にして私はわかり切ったことじゃないか、だから言わんこっちゃないという思いでした。

現場からの視点で議論がなされてません。なぜこういうことになるのか私はさっぱりわかりません。

どこかの首長がこんな机上の空論に基づいて避難を勧告したり指示したりすることはできないと反旗を翻すべきでした。

現場に足を密着させて自分の頭で考えてれば、現状が、嘘八百であることは即座に認識できます。

10万人に避難指示して本当に10万が避難してきたら誰が対応の責任をとるのかということです。

その根本問題を無視して勧告や指示をすること自体が目的になってしまっていることは滑稽です。

メディアだって指示や勧告を出したのに実際に避難したのはわずかだったという報道を垂れ流してきました。

本当に避難したらどうなるのかという本質的な問題を指摘するメディアは私が知る限りありませんでした。

行政は、国が示した基準に沿って指示や勧告を出したという言い訳に使おうとしていた疑念があります。

メディアは、まるで行政の立場に立って住民に対し上から目線で物申すだけでとどまっていると言えます。

台風19号で避難所が溢れかえって市役所の議場まで開放したという報道がありました。

他人事だと笑っている場合ではありません。住民が本当にもの危険を感じたらこうなるのです。

時間雨量100ミリ時代に即応した避難のあり方を考えないとなりません。待ったなしの課題となりました。