2007年4月に発足した内閣府地方分権改革推進委員会の委員長は、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長(当時)でした。

丹羽さんは、経済人で地方行政に精通していたわけではありません。著名な財界人でいわば顔でした。

その後、民主党政権時代に在中国日本大使を務め、現在は、全国日中友好協会の会長です。

地方行政の実務の分野をけん引していたのは岩手県知事を務めていた増田寛也さんでした。

元建設官僚で改革派知事として名を成していました。キャリアからしていかつい方なのかと想像してました。

委員会の初顔合わせで面会した時の第一印象は、重厚さとは真逆の何と軽やかな方かというものでした。

増田さんは、地方分権改革委員会の任期の途中で地方行政の総元締めの総務大臣に転じました。

その後は皆さんもご承知の通り3年前の東京都知事選挙に自公両党に押され出馬し、小池百合子都知事に敗れました。

増田さん立候補のニュースを知った時、いくら自公両党がついていても戦いは厳しいと直感しました。

地方分権改革推進委員会当時の軽やかなイメージが激闘に向いていないと思ったのがまず一番目の理由です。

もうひとつ政治家らしい大向こうをうならせるような肚の太さが足らないと思ったできごとがあります。

2011年の神奈川県知事選挙の時のことです。私は、出馬前に増田さんに意見を伺いました。

地方分権改革推進委員会のご縁があったからです。選挙後、お詫びのメッセージを秘書を通じて送りました。

そっけない伝言が伝わってきました。自公両党と対立関係になった私との接点を避けたと思いました。

官僚政治家だなと思いました。人が苦境に陥っている時に義理人情の政治家は、励まします。

大東京の有権者を相手に大芝居を演じることはできそうにないなと思いました。小池さんの図太さにはかないません。

増田さんの名前が一躍、世に知られるようになったのは、『地方消滅ー東京一極集中が招く人口急減ー』です。

2014年に出され896の地方自治体が消滅の危機にあると警告したこの新書は、センセーションを巻き起こしました。

子供を産む世代の女性が地方から東京へと流れることで地方は子供を産むことができない状況へと転じると主張しました。

改善するためには地方に雇用の場がなければならないとして政府は「まちひとしごと創生本部」を作りました。

5年が経過し時代は平成から令和に移りました。計画は、2020年度からは第2期へと移ります。

地方の人口減少は全く歯止めがかかってません。私の住む神奈川県西部においても同様です。

仕事を創り移住者を増やすと政府の掛け声は大きいです。地方自治体側でそれに呼応するだけの本気度があるのか疑問です。

私は、政府がいくらアドバルーンを挙げたり支援策を打ち出しても、地方側にやる気が乏しければ成果が出ません。

壁に直面していると思います。政府の委員会の座長を務めている増田寛也さんの責任は重いです。実務能力が問われます。