沖縄県の前知事、翁長雄志さんは、イデオロギーよりアイデンティティとのスローガンを掲げ知事に当選しました。

2014年11月16日、保守と革新の対立の壁を超えてオール沖縄体制で勝利を得ました。

沖縄をひとつにしようと翁長さんが発した言葉がイデオロギーではなくアイデンティティでした。

普天間基地の辺野古への移設は断じて受け入れられず、沖縄の尊厳をかけたものだと私は受け止めました。

香港の民衆にとっての譲れない一線は、培ってきた政治的自由と民主主義を守ることでした。

中国本土と異質の歴史を歩み経済的にも繁栄し、その上に築かれた政治体制に香港人としての誇りが感じられます。

沖縄もまた日本本土とは異なる苦難の歴史を辿りました。琉球王朝は、明治時代に入り沖縄県となって廃止されました。

先の大戦においては日本で唯一地上戦が行われて20万人を超える人が犠牲となりました。

1972年まではアメリカ軍の占領下におかれ、今なお在日アメリア軍専用基地の7割が沖縄にあります。

この本土と隔絶した歴史を踏まえて更に沖縄に基地負担を強いることは沖縄人の尊厳にかかわるということです。

翁長知事はその言葉通り、政府の方針に徹底して反逆しました。去年の8月病に倒れ死去しました。

死してもなお翁長さんの沖縄のアイデンティティーを守る戦いは終わりませんでした。

翁長さんの死によってオール沖縄体制は再び結束を強めて昨年10月の県知事選挙を制しました。

翁長さんの身命を賭した戦いが選挙の勝利を導きました。翁長さんを引き継いだのは玉城デニー知事です。

就任から1年が経過した今年8月31日沖縄の首里城で火災が発生して正殿など6棟が全焼しました。

玉城知事はすぐさま官邸に駆け込み菅官房長官に再建のため政府としての支援を要請しました。

菅官房長官も全力を挙げると応えました。この一連のやり取りに私はひどく違和感を覚えました。

翁長さんが沖縄人の尊厳をかけて戦ってきたのは政府が押し進める普天間基地の移設反対でした。

推進役の大元締めは菅官房長官です。そこに一目散に助けを求めに走る姿に尊厳を感じなかったからです。

玉城知事は、沖縄の本土復帰から50年の節目に当たる2022年までに復興の基本的な計画策定をと要請しました。

この慌しさにも尊厳を感じませんでした。なぜどっしりと構えて沖縄の尊厳を示さなかったのだろうかと首を傾げます。

翁長さんが譲れない一線だとした普天間基地の辺野古移設の撤回を実現するのは一段と困難になりました。

首里城の再建は特別扱いをして欲しいが基地の移設は絶対反対という理屈は果たして通るかと思うからです。

玉城知事は、棚からぼたもち的に知事になり翁長さんの遺志を真正面から受け継いでいないと私は思います。

玉城さんが本物ならば、やせ我慢をしてでも首里城が焼けても動じることなく泰然自若を装ったはずです。

沖縄の民衆の手でじっくりと再建していくことが、沖縄のアイデンティティーの発揮だと私は思います。