小さな田舎町のトップが国や県に物申してもただちには相手にされません。それなりの手順が不可欠です。

影響力を持つ政治家を通じて突破口を開いてもらったり、政策決定のタイミングで一声かけてもらいました。

こうしたいわゆる政治力を使うこと自体がすべて悪いみたいな風潮がありますが私はおかしいと思います。

金品を贈ったり圧力を過剰にかけたりすることはご法度です。不正な行為をしない限りトップとして腕の見せ所です。

神奈川新聞で功成り名を遂げた人物が人生を振りかえる「わが人生」という連載があります。

昨日から梅沢健治さんが書いてます。梅沢さんは元神奈川県会議員で自民党の神奈川県連会長を務めました。

この記事を目にし、町長時代の政治力の使い方の体験談を書いてみようと思い立ちました。

梅沢さんの神奈川県への影響力はすさまじいものがありました。この人の一言で県政が動くという感じでした。

5期20年続いた長洲一二による革新県政の後、環境省の事務次官を経験した岡崎洋さんを知事に据えた立役者でした。

これが梅沢さんの権力の源泉だったと思います。梅沢さんにうんと言ってもらわないと回らない感じでした。

小さな町のトップとしてこの権力構造に目を付けない手はありません。私は臆することなく梅沢さんに近づきました。

幸いにして町長になる以前に接点がありパイプは保っていました。そのパイプを太くするための努力をしました。

梅沢さんの政治力を活かす絶好の場面が町長に就任後すぐにやってきました。自転車の町づくりに関連することでした。

開成町には狭い県道とこれまた狭い町道との交差点が町の中央部にあり四つ角と言っていました。

信号もなく歩道もありません。危険です。ここを何とかしたいと考えたのですがハードルが高かったです。

町と県とのこれまでの交渉でまちは交差点の改良を断念し新たな県道の開設を要望していたからです。

当時の建設省が自転車の町づくりのモデル事業に応募する市町村の募集をしていて開成町は選定されました。

1999年のことです。国からの補助金が得られるということを理由に狭い交差点の改良工事を県に要望しました。

担当部署の返事はけんもほろろでした。あまりにつっけんどんなので私との間で言い合いになりました。

相手は田舎町の新米町長がこれまでの経緯を無視して要望してと頭に来ていたのだと思います。

梅沢さんに頼んでみようとひらめき、何とか打開の道はないでしょうかと懇願しました。

梅沢さんはすぐにわかったといって担当部署名だけを聞いて資料の入った封筒に大きく「開成」と書いてまるで囲みました。

それからほどなく県の担当部署より返事がきました。相談に乗るどころか改良の方向で話し合うというのです。

仰天しました。私としては自転車の町づくりのモデル地域に指定されて十二分な説得力があると思ってました。

しかし説得には時間がかかるのかと想像してましたが一瞬でした。化け物みたいな政治家がいると思いました。