創造的破壊に手を染めだすと返り血を浴びることを覚悟しなければなりません。現状を変革するのですから当然です。

反発を怖がって逃げていてはそもそも破壊はできません。壊さなければ新しいものを創り出せません。

人は誰しも安定とか平和を好みます。そこをあえて我慢してより良きものを創造するために乱を起こすのです。

こういった行動を始めると上手く行っても体制を壊された側から反発を受け、恨まれることになります。

たいていはビビッてしまいます。現代の政治でダイナミックさが失われているのはビビりにあるのではないでしょうか。

2007年4月の統一地方選挙、開成町長だった私は、お隣の南足柄市長選挙に首を水面下で突っ込みました。

現職の沢長生市長の姿勢は血が通っていない冷たい市政だと反旗を翻した市職員がいました。

開成町長室に相談に来たこともありました。今現在市長を務めている加藤修平さんでした。

加藤さんは市職員としてエリート街道を走ってきましたが沢市長とはそりが合わず干されていました。

沢市長は地元大企業の富士フイルムの幹部職員から市長に転じたので民間企業の発想で合理的でした。

ひざを突き合わせて説得というより数字で合理的に判断し改革していくというタイプでした。

小田原市や開成町との市町村合併を指向していました。職員だった加藤さんはこの動きを苦々しく思ってました。

一念発起市長選への出馬を決心しました。現職にぶち当たるのですから相当壁が高かったです。

落選してしまいました。私は心情的には加藤さんを応援していましたが具体の運動はできませんでした。

相談に乗りながら支援が出来なかったことは心の傷として残りました。ビビったと自らを責めました。

チャンスが巡ってきました。2011年4月の南足柄市長選挙で再び同じ顔触れの選挙となりました。

私は神奈川県知事選挙に敗れて無職となったばかりでした。逆に言えば自由に動ける立場になりました。

思い切って加藤さんの応援に躍り出ました。県知事選挙の熱気が残ってましたのでそれなりの影響力があったと思います。

加藤さんは、接戦の末勝ち、市長となりました。私は4年前の不義理を果たせて内心ほっとしました。

その代わり沢さんや沢さん陣営からの恨みを一身に背負うこととなりました。今も続いていると思います。

私は意に介しませんでした。体制を壊す側について非難を浴びるのは当然だからです。

むしろ問題はその後の加藤市政の展開にあります。市長の座に就いてからは守ること重視に転じてしまいました。

小田原市との合併のテーブルにつきながら、ひっくり返し白紙に戻したのが保身の典型的事例です。

話を壊すぐらいならば、最初から信念に従って合併話に乗らなければ良いだけのことです。

市役所内の流れに乗ってみたものの合併で市長の座から離れるのが怖くなったのが本当の理由だと想像します。

加藤市長は、創造的破壊者ではありませんでした。南足柄市政の停滞の根源はここにあると思います。