創造的破壊者となるには痛みが伴います。だからと言って決して犠牲者ではありません。

自らを犠牲者に仕立て上げて苦闘を演じたたころで、自分を偽っているだけで長続きする訳がありません。

創造的破壊者にとっていちばんの大敵は怒りです。怒りに囚われてしまうと判断が間違いあらぬ方向に行ってしまいます。

痛いとか苦しいとかの感情は生きている限り避けることはできません。その感情が怒りに転じないようにできるかです。

こちらの方は訓練というか心の持ち方ひとつなのだと思います。最も大切なポイントです。

日々揺れ動く現象を超えたところに価値を見いだし、そのために一切を捧げる心境にならないとなりません。

怒りの感情はしぶとく厄介な代物です。いったん消えたかと思っても突如燃え上がることがしばしばです。

私は短気な方なので怒りとのお付き合いの仕方が苦手で幾度となく失敗をしてきました。

突き詰めるとビビっている、怖がっているから怒るのだと思います。超越するとはより高い次元に自らを持って行くのです。

そうすれば気持ちが落ち着き冷静さを取り戻すことができます。その原動力は高い志にあると思います。

志が高くないと現象に負けてしまい怒りのなすがままになってしまいます。ここに注意を払う必要があります。

開成町の将来を展望した時に現状のままでよいのだろうか、変革の時期ではないかと思い続けてきました。

1998年2月に私が町長となって3期と1年の13年、府川裕一町政に引き継いで2期8年で21年でした。

私の父が町長だった時代に作った町の設計図に沿って町を同世代で創り出してから長くなり世代交代の時期と判断しました。

一回り下の世代から山神裕さんという優秀な人材が出てきました。世代交代することで町の活力アップを図る時期だと思いました。

私は創造的破壊を仕掛けました。府川町政を創った立ち位置から一気に転じて山神さんの応援者となりました。

府川陣営からは非難ごうごう、裏切り者とされました。ぼろくそに言われていることが耳に入りました。

しかし、受け流すしかありません。ときおり怒りに駆られることはありましたが何とかしのげました。

このままの町政を続けていては開成町が本来果たすべき役割を果たせないとの思いが冷静さを保たせました。

私が泥をかぶって時代の歯車を回す役目をしようとの思いの方が常に強かったことで自分自身が保てました。

昨年4月の選挙の結果は、32票差で現職の勝利となりました。ほぼ引き分けに近い形の決着だと思います。

創造的破壊者として泥をかぶる役割の一端は果たせたと思ってます。もはや私の出番はありません。

府川町長は勝利後のインタビューで「勝ちは勝ち」と言い放ちました。これはおごり以外の何物でもありません。

一方山神さんは32票差という事実をどう受け止めるべきなのかいまだ整理がつかないように見えます。

私個人的には山神さんが再び満を持して挑戦し掲げた理想の町政を進めて欲しいものだと願ってます。