接戦になったことからして加藤憲一市長に対し有権者が完全にそっぽを向いたわけではありません。

加藤市長がなりふり構わず一票を獲りに行けば市長の座を辛うじて死守できたと思います。

加藤市長や有力支援者の対応はそうではなかったことが漏れ伝わります。必死さが乏しかったようです。

加藤市長のスタイルの問題も作用していると思います。意地の悪い言い方をすればかっこマンということです。

市民の声を聴きつつ市政を展開し評価されているはずだという思い込みが強かったのではないでしょうか。

このような思い込みがあると選挙運動が淡白になります。どうしても勝つという情念が伝わりません。

それに加えて前回の選挙が無投票でしたので選挙のやり方自体を忘れてしまったようなところがあったと思います。

こうした状況でも勝てると単純に信じ込んでいたとしたら、それは自信ではなく明らかに過信です。

2008年の選挙で44000票を得て初当選した時の余韻が原体験として残っていたのではないでしょうか。

アメリカでオバマ大統領が誕生した年です。オバマ大統領より先に”チェンジ”を掲げてさっそうとデビューしました。

徹底した市民派の選挙で主要政党の推薦を受けた候補や有力県議の挑戦を退け鮮烈な印象を残しました。

加藤市長は選挙に関して言えばこの初当選の時の選挙が強く胸に刻み込まれているのだと思います。

どこからともなく支持の波が起こり、うねりとなって自分を押し上げてくれたという感じだったと想像します。

この原体験からスタートしてより強く地域に密着する体制づくりに励んでいれば盤石の地盤を形成したことでしょう。

しかし加藤流は、あくまでも市民派の選挙で言ってみれば空気のような柔らかな選挙体制を続けたのではないでしょうか。

加藤市長のイメージだけで勝てる時代はこのようなソフトな体制でも問題とはなりませんでした。

しかしそのイメージが徐々に色あせてくるとそうはいきません。一票一票とる確実な術がないからです。

最終的にはあと500票足らなかったという結果になったのです。自らまいた結果だと言えると私は思います。

加藤市政の12年間を語るのは早すぎると言われるかもしれませんがあえてすると次のように総括されます。

政治家ではない家に生まれた優秀な若者が市民派の名のもとに市長を演じた12年間であったと。

加藤市長は政治のプロではありません。さわやかでアマチュア的なイメージを逆に強みとしていました。

ルックスも良いし弁舌も上手いし舞台が整った局面で踊るにはこれほどピタリとはまる市長はいません。

一方で政治はドロドロした側面が厳然としてあります。裏技を使ってねじ伏せたりする立ち回りも必要です。

加藤市長は後者の方は苦手だったと思います。勢いに陰りが見えた時に繰り出す手が見つからないのです。

そして加藤市長は市民派のさわやかさの余韻を残しつつ市長の座から降りることになったと言えると思います。