子は親の背中を見て育つ

父親と息子は仲が悪いのが普通だと思います。男と男の対抗意識みたいなのが潜在的にあるように思います。

私もそうでした。しかも父は帝国陸軍の軍人上がりで厳しいことこの上ありませんでしたので余計です。

幼いころからじわじわと反抗心が蓄積していきました。いつか家を出たいとの思いが募っていきました。

小学生の卒業文集で新聞記者か特派員になりたいと書いたのは家から飛び出す願望があったからです。

大学4年の時にNHKの入社試験を受け結果を待っている時のことでした。父から思わぬひとことがありました。

開成町長だった父は神奈川県の副知事と親しくその副知事の方がNHKの上層部の方と友人でした。

副知事の方が友人に電話をして私の様子を聞いたようなのです。父は私に太鼓判を押すみたいな話をしました。

私は激怒して「実力で入ろうとしているのに余計なことをしないで」と父に猛反発しました。

厳しかった父に面と向かってここまで反撃したのは初めてでした。父も一瞬戸惑った様子でした。

すぐに表情が穏やかというか満足そうな表情に変化しました。息子の成長を微笑ましく見ているようでした。

余計なことをするなと面と向かって正論をはいたことがうれしくてたまらなかったのだと思います。

父は典型的軍人気質で後ろ指指されるのが嫌いで正義感が強く歯に衣着せずものを言う癖がありました。

私は、距離を置きたいと願い続けてきた父の背中をいつの間にか見て育って行ったのだと思います。

菅総理の長男が総務省の幹部と会食を重ねていたことが明るみに出て国会で論議となっています。

詳細はまだ明らかになってませんが数年前から年に数回の頻度で会食を重ねていたとされます。

このスキャンダルを知って「子は親の背中を見て育つ」という格言を改めて思い出しました。

菅総理の長男は大人になって菅総務大臣の秘書官を務めた後東北新社という会社に就職しました。

私は早々と父とは違うジャーナリストの道を選択しましたが菅総理の長男は成人した後も父親の側にいたわけです。

背中を見るどころか父親の一挙手一投足までつぶさに観察しうる立場で学んだあと東北新社に入りました。

総務省の幹部たちとの会食の積み重ねが倫理上問題なる可能性があることを知らないとは思えません。

秘書経験があるのですから父親に迷惑がかかり危険と考え避けるのが当然の判断だと思います。

全く逆にいわば総務省とのつなぎ役のような役割を果たしているかに見えるのはなぜなのでしょうか。

父である菅総理の政治家としての腕の振るい方を観察し同じ行動をとったとしか思えないのです。

菅総理は敏腕秘書から政治家となりました。水面下で強力な裏技を繰り出すのは朝飯前だったはずです。

父親である菅総理は「息子は別人格」と言って今回の不祥事とは無関係との態度をとってます。

「子は親の背中を見て育つ」との格言を想起すべきです。菅総理の背中の方にも問題があった可能性があります。

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